研究成果

金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法を開発

中江隆博 エネルギー理工学研究所助教、坂口浩司 同教授、塩足亮隼 東京大学助教、杉本宜昭 同准教授、岩田孝太 同博士研究員、宇野英満 愛媛大学教授、奥島鉄雄 同准教授、森重樹 同特任講師らの共同研究グループは、「ばね」型有機分子を金属表面で歪ませることにより「高エネルギー充電状態」を作り出し、従来法では合成できなかった機能性材料を著しく低いエネルギーで合成する新しい炭素骨格組み換え反応の開発に成功しました。今回の成果は、有機ELや太陽電池などに利用できる新しい有機エレクトロニクス材料(軽く柔らかい機能性有機分子を用いた電子材料)開発への応用が期待されます。

本研究成果は、2017年7月20日付けで英国の科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

研究者からのコメント

 有機分子を金属表面上で変型させることにより産出される歪みエネルギーにより、機能性分子を合成するという新しいコンセプトの化学反応の開発に成功しました。今回の成果は、私たちが従来開発してきた「生物模倣型触媒反応」のコンセプトを発展させ、金属表面における有機分子の変型による歪みエネルギーを「充電状態」にできる「ばね型分子」を設計したことがポイントです。今後は、有機分子の表面変形を巧みに利用した新しい機能性材料の開発に取り組む予定です。

本研究成果のポイント

  • 「ばね」型有機分子を金属表面上に置くことで変型させ、生じる歪みエネルギーを使って従来例のない炭素骨格組み換えを実現し、有機エレクトロニクスに有用な機能性分子を作り出すことに成功した。
  • 原子間力顕微鏡(鋭い針(探針)先端の原子と試料表面上の原子との間に働く力(原子間力)を検出しながら、探針を表面平行方向に走査(スキャン)することで表面の凹凸を画像化する顕微鏡)を用いて反応前後の有機分子の構造を比較し、フラスコ内では起きない新種の化学反応が起こったことを実証した。
  • 今回開発した、分子の歪みエネルギーを利用する化学反応は原子効率が非常に高く、光・電子機能材料の革新的な合成手法となることが期待される。

概要

有機材料を利用する有機ELディスプレイや太陽電池は、「曲がる・薄いデバイス」を実現できるため、大きな注目を集めています。これらのデバイスを構成する半導体材料である機能性有機分子は、従来、フラスコ中での有機合成反応を用いて作られてきました。しかし、超伝導などの優れた特性を示すある種の機能性有機分子は、その合成に大きなエネルギーを必要とするため、数百度の高温でも合成が困難であり、新しい原理に基づく合成法が望まれていました。

 今回開発した「金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法」では、ねじれた「ばね」型有機分子を設計し、金属表面上で分子を曲げることにより高いエネルギー状態を作り出すことで、従来困難であった機能性分子の合成に成功し、懸案の問題を解決しました。

 本方法のポイントは、原料分子を触媒の表面で歪ませることで力学的エネルギーを分子内に蓄えた状態、いわば、歪みエネルギーの「充電状態」を作り出したことです。穏やかな加熱条件でその歪みエネルギーを開放することにより、新しい形式の化学反応を起こし、超伝導などに用いられる機能性構造である「フルバレン骨格」(炭素10個水素8個からなる5角形二つを炭素-炭素二重結合で連結した構造を持つ炭化水素化合物の骨格)の合成に成功しました。分子内部の局所的な構造変化を検出することは通常困難ですが、極めて精密な原子間力顕微鏡を用いることで、個々の有機分子を構成する炭素原子の骨組み(炭素骨格)を画像化することができます。本研究による原子間力顕微鏡測定によって、生成された分子が確かにフルバレン骨格を持つこと、そしてその反応効率が非常に高いことを明らかにしました。

図:今回開発した「金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法」の概念図。下段に、実際に測定した分子の原子間力顕微鏡像を示す。

詳しい研究内容について

金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法を開発 -原子間力顕微鏡を用いて炭素骨格変換の可視化に成功-