ミクロなプラズマの揺らぎを拡大して観る ―プラズマ基礎実験の新展開―

Research Topics / 研究トピックス

概要
プラズマ中のミクロな"揺らぎ"がプラズマ全体の動きを決めています。ミクロな"揺らぎ"の中にはさらに小さな"揺らぎ"があり、"揺らぎ"とプラズマの動きの関連は複雑です。プラズマの動きを制御し核融合エネルギーを利用するには"揺らぎ"の法則の確立は重要であり、Heliotron J1のような磁場閉じ込め装置で国際的に研究が行われています。しかし、極小の"揺らぎ"を観測することは至難の業です。そこで"揺らぎ"の観測に特化した基礎実験が計画されました。核融合科学研究所の河内裕一特任助教、日本大学の佐々木真専任講師、九州大学の小菅佑輔准教授、稲垣滋教授(研究当時、現:京都大学教授)らの共同研究グループは、九州大学の小型基礎プラズマ装置PANTA2において、プラズマ中のイオンの動く距離程度のサイズの"揺らぎ"の、さらに100分の1小さい、電子の運動サイズの"揺らぎ"を、世界で初めて詳細に観測することに成功しました。本研究では、低磁場でプラズマを作ることに成功し、電子の運動サイズを、観測可能な大きさまで拡大できたことで実現しました。この結果をヘリオトロンJ実験でさらに進展させ、核融合エネルギー利用早期実現のための学術を推進します。

本研究成果は、2022年12月12日に、科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

211223_inagaki_img.jpg図 1:本研究の模式図。基礎プラズマ装置PANTAにおけるプラズマとその中に存在する揺らぎを示している。従来の研究ではイオンスケール揺らぎの観測を行ってきた(左)。本研究では、従来の研究に比べて磁場を弱くしており、それに伴って揺らぎの大きさが拡大されている(右)。これにより、電子スケール揺らぎの観測が可能となった。

1.背景
 次世代エネルギー源として期待されている核融合発電では、高温の水素プラズマを磁場で閉じ込めます。気体の水素がプラズマになると、水素はイオン(原子核)と電子に分離して独立に運動します。たくさんのイオンと電子の運動からプラズマという集団の運動が生まれます。イオンと電子は正負逆の電荷を持ち、質量は大きく異なります(水素イオンの質量は電子の質量の約1800倍です)。磁場中では重いイオンは電子に対して時間的には約1800倍ゆっくりと、空間的には約40倍大きく運動します。このため、集団全体では電荷の正負が釣り合っていてもミクロに見ると正負が僅かにアンバランスだったり、イオンや電子の数が周囲よりほんの少し多かったり少なかったりします。これを"揺らぎ"と呼びます。"揺らぎ"から電磁場が形成されイオンや電子の運動が影響を受けることで"揺らぎ"自身も時事刻々と変化していきます。揺らぎは大小さまざまな時間・空間の構造を持っていて、プラズマ全体の運動や熱の流れを決めます。
 核融合反応を行うのはイオンです。このため、核融合プラズマ研究ではイオンの運動が注目されてきました。イオンの運動サイズ程度(核融合炉では数cm)の揺らぎをミクロスケール揺らぎ(またはイオンスケール揺らぎ)と呼んでいます。この揺らぎが粒子や熱をプラズマの外に運んでしまうため世界中でミクロスケール揺らぎの研究が進められてきました。近年、シミュレーション研究等を通じて、イオンスケールよりもさらに小さい、電子の運動サイズ程度(数mm)の揺らぎも重要であることが示されてきました。揺らぎによる熱の損失の全体像を理解するためにも、この電子スケール揺らぎの観測が求められています。しかし、イオンスケールの揺らぎの計測でさえ高い空間分解能を要するために手強い課題です。さらに小さい電子スケール揺らぎの計測の難しさはそれを超えています。特に温度が1億度に達するような大型のプラズマ閉じ込め装置では、揺らぎの計測手段が限られ、計測器が大規模になり、電子スケール揺らぎ観測を実現するには膨大な時間と労力が必要になります。

2.研究手法・成果
 揺らぎ研究を加速するため、揺らぎの観測に特化した基礎プラズマ実験が開始されました。九州大学応用力学研究所の基礎プラズマ装置PANTA2は小型の装置で、京都大学エネルギー理工学研究所のHeliotron J1と比べてプラズマ体積は1/100、磁場は1/15、温度1/1000(1万度)、とかけ離れていますが、磁場中のプラズマに普遍的な揺らぎ構造を再現することができます。このような小型の基礎装置は、さまざまな試行錯誤が可能である、高温では使用が困難であるプローブ(電極センサー)による計測が可能等多くのメリットがあり、これまでにイオンスケール揺らぎの研究が活発に行われてきました。
 核融合科学研究所の河内裕一特任助教、日本大学の佐々木真専任講師、九州大学の小菅佑輔准教授、稲垣滋教授(研究当時、現:京都大学教授)らの共同研究グループは、PANTAを利用した電子スケール揺らぎの観測に挑戦しました。電子の運動のスケールは温度が高いほど、また磁場が低いほど大きくなります。そこで、本研究では磁場を通常の実験より1/4小さくすることで、電子スケール揺らぎ自体の大きさを4倍に拡大しました。さらに実験条件を調整し、イオンスケール揺らぎを抑制し電子スケール揺らぎのみが発生するプラズマを作り出しました。計測器の分解能を上げるのではなく対称を観えるまで拡大する、というユニークなアプローチを取っています。PANTAにはイオンスケール揺らぎ計測用にたくさんのプローブ(センサー)が密に並べられており、これらを用いることで高い時間空間分解能で電子スケール揺らぎの観測に成功しました。
 このような、基礎装置を利用した新しい実験アイデアと高性能な計測器を組み合わせることで、電子スケール揺らぎの時空間構造を詳細計測し、電子スケール揺らぎが発生し、時速7000キロメートル(超音速ロケット飛行機と同程度)で空間的に伝播し、寿命を迎えて消滅していく様子までを観測することに成功しました。観測された電子スケール揺らぎは、これまで同装置で観測されてきたイオンスケール揺らぎよりも100倍程度空間的に小さく時間的に速く変動しています。従来と比べて実質的に100倍程度の解像度で揺らぎを観測したことになります。

3.波及効果、今後の予定
 揺らぎを理解することは、揺らぎによるプラズマ熱損失の最小化やさらに良い閉じ込め手法の創成につながるため、核融合エネルギー利用の早期実現に不可欠です。京都大学ではHeliotron J装置を用いてプラズマ閉じ込めの最適化を探究しています。揺らぎによる熱損失はさまざまな最適化対象の中でも重要です。今後はPANTA実験で得られた結果を温度1千万度のHeliotron Jプラズマに適用することで検証し、プラズマ揺らぎの理解という核融合エネルギー利用早期実現のための学術を推進します。
 また、宇宙プラズマにも磁場中の電子の運動が重要となる現象があります。電磁力の性質は普遍なため、電磁力に駆動される宇宙の現象は地上の実験装置でも再現できる可能性があります。実験室プラズマ中の電子スケール揺らぎの時空間構造の観測は宇宙における大規模でダイナミックな現象の謎を解く鍵となる可能性もあります。

4.研究プロジェクトについて
(1)本研究は、九州大学応用力学研究所の共同利用研究の助成を受けたものです。
(2)本研究は、文部科学省の科学研究費補助金事業(21H01066, 20J12625, 17H06089, 17K06994)、独立行政法人日本学術振興会の「研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)」"PLADyS"による支援を受けました。

5.研究詳細
詳細はこちら(※報道資料PDF)からご確認ください。

<用語解説>
※1 Heliotron J
京都大学エネルギー理工学研究所にある共同利用実験装置(磁場閉じ込めプラズマ実験装置)で、らせん状のコイルを含む様々なコイル群によって多様な"ヘリオトロン"磁場構造を形成し、高密度(1019m-3)・高温(1千万度)のプラズマを閉じ込めている。"ヘリオトロン"磁場構造は京都大学の独自のアイデアである。ビーム入射装置を持ち、ビーム分光装置、ドップラー反射計などの揺らぎ計測に加えトムソン散乱計測などの多様な計測器を数多く有している。Heliotronはギリシア神話の太陽神であるHeliosに由来する。
http://www.iae.kyoto-u.ac.jp/heliotronj/greeting.html

※2 基礎プラズマ装置PANTA
九州大学応用力学研究所にある共同利用実験装置で、ヘルムホルツコイルによって均一な直線磁場を形成し、高周波によって円柱状の高密度(1019m-3)・低温(1万度)プラズマを生成している。国内唯一、世界でも有数のプラズマ中の揺らぎの基礎研究に特化した実験装置で、超多チャンネルのプローブアレイや反射計、可視光トモグラフィなどの揺らぎ計測のため多様な計測器を数多く有している。PANTAはPlasma Assembly for Nonlinear Turbulence Analysisに由来する。
https://www.aees.kyushu-u.ac.jp/~fpg/research/

<研究者のコメント>
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実験研究は思った通りにならないことがほとんどです。特にプラズマは手強いです。この強敵からポイントをゲットするには何度も何度も挑戦することが第一です。ただし、同じことを繰り返しても返り討ちにあうだけです。相手をよく見て、攻める角度等を工夫する必要があります。(稲垣)

<論文タイトルと著者>
タイトル:Spatiotemporal dynamics of high-wavenumber turbulence in a basic laboratory plasma
(基礎実験室プラズマにおける高波数乱流の時空間ダイナミクス)
著  者:河内裕一1、佐々木真2、小菅佑輔3,4、寺坂健一郎5、西澤敬之3,4、山田琢磨6、糟谷直宏3,4、文贊鎬3,4、稲垣滋7
1 自然科学研究機構 核融合科学研究所、2 日本大学生産工学部、3 九州大学応用力学研究所、4 極限プラズマ研究連携センター、5 九州大学大学院総合理工学府、6 九州大学基幹教育院、7 京都大学エネルギー理工学研究所
掲 載 誌:Scientific Reports
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-022-23559-1

<関連リンク>
核融合科学研究所ホームページ

詳しい研究内容について

エネルギー生成研究部門 複合系プラズマ研究分野

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